快晴、快晴。
 相変わらず神殿の大理石の床はまぶしくて、触ると熱いから座っていられない。
 子どもたちときたら、この炎天下にわざわざこの神殿へ遊びに来て、それもこの大理石の広場で走り回って遊ぶというのだから、あの子たちの元気は計り知れない。
 まあ、私も昔は同じようにここで遊んでいたのだけど。

 広場の横、たくさん並んだ柱の間を走って、お決まりの一画にやってくる。
 ひとつの柱の後ろで一度立ち止まって、ふうと息を吐いてから、柱の向こうをそっと覗いてみた。
 カミュはもう絨毯を敷いて座っていて、私の顔を見るなり微笑んで片手をあげた。

「ごめんね、遅くなっちゃったかな」
「大丈夫ですよ。何かありましたか?」
「ちょっとおつかいがあったの」

 私は答えながら柱の陰から出て、カミュのほうに歩み寄った。
 白い手が目前に滑ってきて、「どうぞ」と絨毯の一方を示した。ありがとうと返して、そこへ座る。
「今日はいい天気だね」
「そうですね。本当に」
「カミュは外へ出ないの?」
「暑さには弱いですから」

 カミュは小首を傾げて困ったように笑った。
 私はこの人の肌が少しでも日焼けしているのを見たことがない。

「涼しくなったら、帰ってくる?」
 あまり期待はせずに聞いてみる。
 カミュはそうですね、と目を伏せて、少しの間黙りこんだ。

「……秋になれば皆さん、隊商の相手にお忙しくなりますから」
「帰らないの? 平気だよ、そんなの」
「ご迷惑はおかけしたくありません。神殿の仕事も徐々に増えてゆきますし」
「お姉ちゃんが心配してたよ」
 カミュは私の目を見た。
「あんまり帰ってこないから、もしかして病気でもしたのかしら、って」
「私がどんなに健康であるかは、ナージャが知っているではありませんか」
 言いながら、カミュは目を細めて笑った。

「しかし、心配をかけたのは申し訳ありません。くれぐれもよくお伝えください」
「だから、そうじゃなくて。直接帰って、元気な顔を見せたらいいのに」
「そうですね、またいつか」

 私はもう充分に知っている。
 カミュの言う"またいつか"は、きっとずっと巡ってこない。

 私がじっと黙ってカミュの顔を見つめていると、カミュはまた少し首を傾げた。
「どうかなさいましたか?」
「うーん、なんでもない」
 カミュは何も言わず、ただ微笑んだ。
 お昼を過ぎて大分経ち、昼食の時間も終えて、大理石の広場には徐々に人が増えてきた。

 小さな子どもが駆け回って遊んでいる。
 私もカミュもぼんやりとそちらへ目を向けて、ただ並んで座っていた。
 しばらく頭の中で言葉を転がしてから、私はやっと口を開く。

「ねぇ、カミュ、」




「カミュはお姉ちゃん達のことが嫌いなの?」

 昼下がり、噴水の涼を求めた人々で賑わう夏の神殿で、唐突に投げかけられた。
 私はナージャのほうを振り返る。ナージャはじっと私を見ていた。
 咄嗟の出来事に思わず、問いに問いを切り返す。

「お姉ちゃん達、とは?」
「シャラとハルのことだよ」
「何故私が彼らを嫌うのですか。嫌悪する理由がありません」
 私が言うと、ナージャは口をぐっと結んで俯いた。
 それから、ぽつりぽつりと言葉を吐く。

「だって、カミュは全然うちに帰ってきてくれないもの。私がお姉ちゃんやお兄ちゃんの話をすると、どこか上の空っていうか、生返事っていうか……あんまり楽しくなさそうだし」
 ナージャはもじもじと言い訳でもするように喋った。

「なんだか、すっごく……二人を避けてるような感じがするの」
 彼女は言い切ってから顔を上げ、私の顔を覗き込む。
 悲しげに下がった眉尻と、何かを懇願するような大きな瞳が、言葉を詰まらせた。彼女がどんな言葉を望んでいるのかは分かり切ったことではあるのだが。それを口にすることを、赦せない自分が居る。

 一呼吸おいて、私は彼女に笑ってみせた。
「そんなことはありませんよ、ナージャ。家には帰りたいですが、私には神殿の仕事がありますし、さっき言ったように皆さんの方にも都合もありますから。貴女のお話を聞くのも楽しいですし」

 さて、一体誰が家に帰りたいのか。誰が彼らの話を楽しんで聞いているのか。
 私はへらへらと笑う自分を突き飛ばしてしまいたいと思いながら、ぐっとそれを堪えた。
「ほ、本当なのかな……。あの、カミュ、ごめんね」
 ナージャはまた俯いて、小さな声でそう言った。

 彼女は時々やけに鋭くなる。
 いや、実はいつもこういうことを考えていて、それを口に出さないだけなのかもしれない。
 ふとした折にこうして辛そうに話を切り出しては、私に謝罪を述べるのだ。

 私はこの時間が嫌いである。
 幸せに過ごしている彼らが、ごくたまに思い出したように、私に同情してくる瞬間が。

「何故謝るのですか」
 私は笑った。
「ナージャは何も悪いことはしていませんよ」
「でも……」
「大丈夫です。私のことは、どうかお気になさらず」

 実際、彼女は何も悪いことなどしてはいなかった。
 状況を二極化し、一方を悪とおくならば、それは間違いなく私の方だろう。
 他人の幸せを妬み、僻んでいる、私の方だろう。

「私はみなさんの家族ではありませんか」
 うまく働かなくなった頭をよそに、口が勝手に言葉を並べる。
 ナージャは何も言わず、相変わらず俯いていた。
 私は視線を広場のほうに戻してから、またぼんやりと子どもたちの駆け回る様子を眺めた。

 無言のまましばらく座っていると、不意に腕に重みがかかる。
 見ると、いつの間にか眠ったナージャがこちらへ寄りかかってきている。反対側に倒れなくてよかったな、と思った。床に打ち付けた頭を押さえて悔しがるナージャの姿を想像しては、笑い声を押し殺した。

 顔をこっそり覗き込む。ナージャは熟睡しているようで、やがて規則正しい寝息を立て始めた。
 愛らしい様子に微笑みながらも、先程の会話を思い出し、悲しい気持ちになる。

 こんないたいけな少女に、いらぬ心配をさせてしまうとは。
 私もなかなかに、自己制御ができていないらしい。
 自分のくだらない感情を他人に気付かれてしまうなど、なんと情けない事だろうか。
 それも、このナージャに。

 私はもう一度ナージャの顔を見た。午前の仕事に疲れていたのか、起きる気配は全くない。
 可愛い妹。そう、可愛い妹だ。
 他でもない、私の。

「ナージャ」

 私は小さく彼女の名を呼んだ。
 もちろんナージャは目を覚ますこともなく、ぴくりとも反応しなかった。

「私はあなたを愛していますよ」
 私はかすれた声で続ける。

「……多分」

 消え入るような呟きは、彼女の耳に響かない。
 妹は依然として、すうすうと大人しい寝息に合わせ、細い肩を上下させた。