「いやー、楽しかったなあ」

 夕日を背にして微笑む何処其処の大商人。
 あの立派な羽織も大勢の隊員もなければ、ただの陽気なお兄さんにしか見えないなあと思った。
 少なくとも私の中では、出会った時からずっと陽気なお兄さんだけど。

 西の大通りから304歩でうちの宿。
 もう少しだけゆっくりしたいなあと思いながら、わざと歩く速度を落としてみる。
 隣に並んだ彼と私、背丈はちぐはぐだけど歩幅だけはやけに綺麗に揃っていて、そのアンバランスさが少しだけこそばゆい。長い影が、石畳の道なりに真っ直ぐに伸びた。

「観光指導係の特別案内なんて、贅沢な1日だったでしょ?」
 言いながら彼を見やる。
 ぱっちりとした瞳が三日月型に細まり、そうだなあ、と小さく返ってきた。
「ま、今回の滞在は長かったし、楽しかったかな」
 さりげなく肩に伸びてきた手は払いのけて頷く。横目にちらりと苦笑い。

 ふと会話が止まって、無言のまま足を進める。
 いよいよ宿が見えてきて、エントランスに向かう角に差し掛かった時、彼がふと足を止めた。

「寂しい?」
 いたずらっぽい笑みが覗き込むように私の顔を見た。
 そりゃあ会えないのは寂しいけど、なんて口には出さずに、ちょっと視線を伏せる。

「このまま一緒に連れてってくれたらいいのに」
 少し考えてから、なんともない風を装って、笑ってやった。
 彼はちょっとだけ目を丸くしてから、またいつもみたいに楽しそうに笑う。

「そうだね、このまま連れてっちゃいたいかな」
 しかし、背ける瞬間のその顔は、どこか憂いを帯びて見えた。

「誰も知らない、どっか遠くまで」


 橙の逆光に滲んだ髪の輪郭が、ふわふわと風に揺れた。