出会いは迅速かつ印象的に
だから私は捧げると誓った。この身が傷つこうと。あなたが誰を愛そうと。
西大陸、コレツィナ地方の小国。
王侯貴族の繁栄と腐敗が歴史を動かしてきたこの地を、悠々闊歩する異邦人がふたり。
東大陸からやって来たアシャの大商人ハーミス・バラカートと、その従者のカリストは、珍しく依頼の入った遠い国の商人への納品を終えると、見慣れない街の様子を眺めつつ細い路地をぶらついていた。
しきりに辺りを見回しながら歩いていたカリストが口を開く。
「それにしても綺麗ねえ。通る所ぜんぶ、煉瓦の路よ」
「そうだね。整備されていて歩きやすい……首都だからここまで徹底されるのかな」
「王制ですものね。これで街が汚かったら王様の面汚しだわ」
カリストの言葉に、ハーミスもうんうんと頷いた。それから自分の街のことを思い出して、うちも路地裏まで手を入れたほうが良いかな、などと考える。すぐに寄付をしたがるのは、アシャの富豪達によく見る癖だ。
コレツィナの国々は過去、東大陸と大々的に交流を持ったことはなく、街並みや言葉など文化すべてが東のそれとは異なる。人民の身分差は激しく、甘い蜜を吸いつづける貴族たちの足下で、厳しい生活を強いられる小作人労働者が居なければ社会が成り立たないというような仕組みがあった。
そして。
「ね、ハーミス様」
カリストがにやりとして声をかける。
「この街。地下にたくさん通路があるの。普段は人が使わない通路ね」
「そうなんだ。どうして?」
「作った理由は知らないけど。今では、暗ーい商売に使われてるって話を聞いたの」
「暗ーい、商売……」
従者の言葉に、ハーミスは眉をひそめた。
「どう、行ってみない? ――コレツィナの奴隷市に」
ハーミスは目を見開いて、従者を見た。じっと見つめあった後、カリストが大きく頷くと、それに応えるようにして、ハーミスも頷く。カリストは黙ってその腕を掴み、ぐいと十字路を左折した。
煉瓦が積み上げられた、細長い塔のような建物。
路地裏に面した壁の下のほうに、小さな木製の扉がある。
住民たちが忘れたふりをした、別世界への入り口。
カリストは両手にふうっと息を吹きかけ、ぱんぱんと打ち、錆びたノブに手をかけた。
「あなた、東大陸から来たの?」
隣に座った仮面の貴婦人が、カリストに声をかける。
「そうよ。やっぱり、見れば分かるもの?」
「見れば分かるわ、その服装だもの。観光にいらしたの?」
「仕事。あなた、アシャ語を喋れるのね」
「夫が貿易商ですの。珍しいわね、わざわざこっちで奴隷を買うなんて」
貴婦人が笑うと、カリストは曖昧な笑みを返し、目をそらした。
「ねえ、カリスト」
会話が止むのを待って、ハーミスが声をかける。
「随分と簡単に入れたね。さっき、入り口で何と言ったの?」
「今日の商人の名前を出したのよ。ここを教えたのもあの人。それにしてもひどい会場ね」
カリストが眉をひそめる。
蜘蛛の巣のように張り巡らされたコレツィナの地下通路。
それをずっと進むと現れる黒塗りの扉、その中が"闇市"の会場になっていた。
空間はさほど広くはなく、仮面や布などで顔を隠した貴族たちが薄暗い客席にぎゅうぎゅうと詰めて腰掛け、いやに明るいステージを見ながらてんでに雑談している。入り口には無表情の小柄な男が立っており、会場へ入る者の名前を聞いて手帳に書きつけた。
「もっと大きな場所だと思ってたよ」
ハーミスは会場を見回し、ふうと短く息を吐く。
「奴隷って、一度に何人も取引きするものなんじゃないのかな」
「あら、ご存知でないのね。ただの奴隷市じゃないのよ」
ハーミスが言うと、先ほどの貴婦人がぐいと身を乗り出し、口を挟んできた。
「ここでは高級な商品を扱うの。普通の奴隷なら道端で買えるわ」
「……高級な商品、とは?」
「強いのとか、優秀なのとか。今日なんてすごいのよ。貴族の娘が売りに出されるんだから」
彼女の言葉に、ハーミスとカリストが「えっ」と声を揃える。
婦人は二人の驚いた表情を見ると満足そうに頷いた。
「ここの大地主の娘ね。妾の子だから、奥方に嫌われて、裏で手を組んだ人さらいの業者に誘拐させたって噂なのよ。それでそれを自分で買い取って、……この先は私からは言えないわね」
どこか楽しげに、なんでもない噂をするように、婦人は語った。
「……みんなそれを買いに来てるのね?」
「まさか、とても手を出せたもんじゃないわ」
カリストの問いに、貴婦人は口に手をやって、おほほ、と笑った。
「高層階級ならまだしも。私はただの野次馬よ。この会場に居るほとんどがそう」
「ふうん……」
「貴方達も得をしたわね。今日のは本当に珍しいもの」
奴隷が買えると勘違いして来たなら、残念だけどね、と、婦人は言った。
その時、ステージに黒服の男が現れ、うやうやしく頭を下げた。
貴婦人は喜んで手を叩き、「ほら、始まったわよ」と興奮ぎみに声をあげる。会場が俄かにざわつき、仮面の男女がステージを囃し立てた。アシャからやって来た二人組は、その様子を怪訝な顔で見守っている。
黒服の男が長い挨拶を終え、パチンと指を鳴らす。
土の壁に響く騒がしい拍手の中、今日の「商品」がステージ上に呈された。
アシャの二人は息を呑む。
目隠しされ、手錠、足枷をつけられた少女が、項垂れてステージ中央の椅子に座っていた。
服装からはなるほど高貴さが伺えるが、地下の薄汚れた空間に居るからか、あまり清潔な印象を受けない。よく観察してみれば、彼女の金髪は、本来の色を失ってくすんでいるようにも見てとれた。
「まだ若い娘さんじゃない。ひどい話よね、ハーミス様」
カリストは憤り、握った拳に力を込めた。
主人は少女を見つめたまま、小さく同意した。
「それではお手持ちの番号札を挙げて、ご希望のお値段を叫んでください」
黒服の男が言う。
客席からちらほらと札が上がり、異国の言葉で数字が叫ばれる。
「オークションなのね」
「ほら、あの人よ、あそこ。見て」
カリストの呟きに重ねるように、隣席の婦人が再び話しかけてくる。
「あそこに座ってる、長い銀髪の男性が、例の大地主の配下なのよ。とは言っても、奥様の部下だけどね。奥方は、妾の娘だからって、相当"商品"を嫌ってるみたいで。今日はあの人が代表で参加してるのね。結構有名な商人なのよ。きっと最後に札を挙げて、商品を買っていくんだわ」
貴婦人の指した先には、なるほど、件の商人らしい男が一人、薄ら笑いを浮かべていた。
長い銀髪をゆったりと結った、上品な出で立ち。豪華な衣服や身につけた奢侈品、纏った雰囲気が、そこらの商人とは格が違うと言い放っているようだった。端正な顔立ちは、薄明りの中、下品に歪んでさえ見える。
「すみません、お願いがあるのですが……」
暫く男を眺めていたハーミスが、不意に婦人に向き直った。
「ええ。何かしら?」
「私が言った数字を、訳して叫んでいただけますか?」
貴婦人はぽかんと口を開ける。
それから、慌てた様子で聞き返した。
「まさか、貴方あれを買う気なの?」
ハーミスはにこりと笑うばかりで、何も返事をしなかった。
札の挙がる勢いがだんだんと衰える。
数字の上昇はゆったりとしてきて、会場の全員が競りの終わりを予感した。そこに居る何人かは、にやにやと笑いながら、銀髪の男を振り返る。いよいよ本日のメインイベントだ。人々の視線は好奇の色に満ちていた。
と、男がおもむろに札を挙げた。観客たちが唾を呑む。
「一千万」
跳ね上がる数字に、会場がどよめく。
騒がしくはなったものの、無論、札を挙げて男に続く者は居なかった。客席には、男をじろじろと眺める者、数字を議論する者、盛り上がりを楽しむ者。富裕層が集まる場だというのに、それに相応しくない卑しい空気に、カリストが苛立ちを募らせた。震える手で、主人の服の袖を掴む。主人は浅く頷いた。
ハーミスはすかさず、貴婦人に耳打ちする。
「ご婦人、一千五百万」
「えっ?」
「さ、早く!」
「……い、一千五百万!」
婦人の叫び声が、場の視線を一挙に集める。
それからその横、真っ直ぐに札を挙げる異国風の商人――ハーミス・バラカートの姿を見た人々が、口々に囁き合う。あれは誰だ、どこの商会だ。本気なのか。様々な声と感情が、会場内の空気を掻き乱した。
銀髪の男も一行を振り返り、冷たい視線を向けては、じっと睨みつける。
会場の誰もが息を呑み、次の動きを待った。二者はいずれも沈黙したまま、ただ見つめあっていた。
「……番号札54番の方が、一千五百万でお買い上げです」
ステージ上の黒服の男が遠慮がちに声をあげ、会場からわっと拍手が湧き上がった。
人々はざわざわと噂しあいながら興奮気味に席を立ち、中にはハーミス達のところへ近づいてきて握手を求める者もいたが、カリストがそれを横から制止した。アシャの言葉で、好き放題に文句を垂れる。
客が徐々に会場から掃けてゆき、終いに会場には数名を残すのみとなった。
ハーミスとカリスト、お隣の貴婦人、それから例の銀髪の男。互いに牽制し合うような緊張感の中、男がふと立ち上がり、真っ直ぐに近づいてくる。ハーミスも立ち上がって応えた。
「どうも初めまして。今回は驚きました」
男の口から、流暢なアシャ語が飛び出してくる。
「私が奥様からお預かりした資金ではとても手が出せない。事情はご存知で?」
男は口元に笑みを浮かべながら、しかし冷え切った目元で、射抜くように異国の商人を見た。
「こちらのご婦人からちょっと噂を伺いまして」
こちらは流暢なコレツィナ公共語で、ハーミスが返す。
あなた、喋れるんじゃない、と、貴婦人が思わず大声で訴えた。
銀髪の男の視線を受けると、婦人は肩をすくめる。
「余所者が手出しする場ではないと思いますが。あの娘が気に入りましたか?」
「そういうことにしておきましょう」
「ふむ。名前をお聞きしても?」
「アッズィム商会のハーミス・バラカートと申します」
「アッズィム……」
男は繰り返し、じっと相手の顔を見た。
「私はオールト商会のテューケ・メディチェリと申します」
ひらり、男が軽やかに手を広げる。柔らかな声色に反して、その眼光は鋭い。
「今は一介の中小商人ですが、貴方とはいずれまたお会いすることになる気がしますね。ぜひ名前を覚えておいて頂ければ幸いです。是非。今日の出会いもまた、運命だったのでしょう」
テューケと名乗るその男は、いたずらな微笑みを作ってみせた。
品定めでもするような視線で遠慮なく、ハーミスが彼の顔をまじまじ眺める。
「私も、貴方とは必ず再びお会いする気がします」
「それは良かった。素晴らしいお導きだ、我々は気が合うようですね」
「さて、それはどうでしょう」
棘のある返しに、テューケがぴくりと眉を動かす。
やり取りを見守る婦人が、泣きそうな顔で、二人の顔を交互に見やった。
「時が厄介を運んで来る前に、お帰りになられた方がよろしいですよ」
テューケの言葉に、ハーミスがそうですね、と頷く。
ひらりとコートを羽織ったテューケが、その流れのままに、軽く腰を折る。
「……それでは。また、いつか」
「ええ、また」
差し出された手を握り返して、ハーミスが微笑む。
テューケはかすかに頷くと、すっと手を引いて、足早に会場を後にした。
彼の姿が扉に消えると、カリストが弾かれたように動いて、主人の腰に抱きつく。
「やってくれるわね、ハーミス様!」
「驚きましたわ、本当に」
貴婦人も額の汗をしきりに拭いながら言う。
ハーミスはいつも通りの笑顔で、どこか満足げに振り返る。
「ご婦人、どうもありがとうございました。上手くいってよかったです」
「構いませんわ。面白かったし。それにしても貴方、すごいのね。公式商会のお方なんて」
「そういうご縁があっただけですから。これ、お礼です」
「あら、お礼なんていいのに……」
ハーミスが小さな装飾箱を差し出し、婦人の目の前で開いて見せる。
シルク布に包まれた大粒のガーネットが一つ、尊い星のように、繊細に光っていた。
「綺麗な宝石ね。素敵だわ」
「私の街の特産です。いつか是非いらしてください、ご案内いたします」
押しつけるように箱を手渡すハーミス。互いの指先が僅かに触れ、婦人の頬が染まる。
「お名前を聞いても?」
「私はフチ商会幹部、フーゴの夫人ですわ」
夫人がおもむろに仮面を外し、初めてその素顔が露わになった。
この地方に特有のまばゆい金髪。彼女の美しい青色の瞳が、上品に細らむ。
「フーゴ様ですね。またお会いしましょう、今度は私の庭で」
ハーミスが微笑み、夫人の目をじっと見つめる。
フーゴ夫人は何度も礼を言い、とうとう痺れを切らした使用人が会場内まで迎えに来た。夫人はアッズィム装飾の宝石箱を大事そうに握りしめ、また何度も嬉しそうにハーミスたちのほうを振り返りながら、会場を後にした。すっかりお友達よね、と呆れ気味のカリストもまた、笑顔で大きく手を振り返す。
「西大陸に人脈が出来たわ。今回は収穫たっぷりね」
「忙しい時期だけど仕事を受けて良かったよ」
満足げな従者の言葉に、ハーミスも大きく頷いた。
「だけど、一番の収穫は……」
二人はステージ上で、いまだ微動だにせず俯いている少女の方を振り返る。それから目を合わせて頷き合うと、彼女の方へと歩み寄った。黙って立っていた黒服の司会の男に、ハーミスが声をかける。
「鍵はどこに?」
「こちらです」
男は胸元から取り出した、小さな鍵を手渡した。それから、相変わらずの無表情で続ける。
「バラカート様、でしたか。代金のお支払いについてですが……」
「ああ、手続きの話は部下に任せるよ。カリスト、頼むね」
「はいはい」
カリストがひらりと手をあげ、男の前にずいと進み出た。どこか企んだような笑みで踏み出した従者は、すれ違いざま主人の言った「値切っちゃダメだよ」との声に、不服そうに唇を尖らせた。
一方で、主人は真っ直ぐに少女に近づいた。その気配に、少女が身体を強張らせる。
「お嬢さん、初めまして」
ハーミスが声をかけると、少女はぴくりと肩を揺らした。
「……は、初めまして」
少女がかすれた声で返す。
「自己紹介の前に目隠しを外そう。良いかな?」
「はい……」
ハーミスが手を伸ばし、かたく結ばれた布をほどく。
はらり、と布が少女の膝に落ちる。少女は薄く目を開いてから数回瞬きした。
鮮やかな翡翠色の瞳が、ゆっくりとハーミスの姿をとらえた。
「私は東大陸、アッズィム市の公式商会長、ハーミス・バラカートと申します」
そのひどく優しい声色に、少女の目が徐々に見開かれる。
「急なことで驚いたろう。取って食うつもりはないから、安心していい」
腕を見せてごらん、と、男は手を差し伸べた。
少女がおずおずと腕を差し出す。ハーミスは枷の小さな穴に鍵を差し込んだ。
彼の目に、痛々しい無数の傷痕が映る。
「……この指の傷は?」
真っ直ぐに見つめられ、少女は逃げるように視線を外した。
「父の与えた"罰"です。私、無理やりに結婚させられることになって。それが嫌で逃げて、捕まって。まさかこんな事になるなんて思わなかった。……もう少しくらい、愛されていると思っていました」
少女は目に涙を溜め、震える声で言った。
ハーミスが黙って鍵を差し出すと、少女はそれを手に取り、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら足枷を外した。枷のあった部分からも、逃げようとあがいたのか、生々しい傷が現れる。やっと解放された自分の手足を見て、少女は大粒の涙をこぼす。恐る恐る脚を撫でては、押し殺したような嗚咽が漏れた。
鍵を返そうと差し出した少女の手を、ハーミスが掴む。
「どうか泣かないでください」
彼は両手で少女の掌を包み込み、大事そうにそれを握りしめた。
「勝手ながら、私は貴方を助けたつもりでいるのです。泣かせては意味が無い」
「す、すみませ……」
少女は慌ててぐいと目元を拭った。
再び少女が顔を上げると、男はその瞳を真っ直ぐに見つめた。
「貴方のお名前は?」
ハーミスが優しく微笑む。
「エウロパ……」
涙が落ちるのを堪え、べそをかく少女が、震える声で返した。
「私は、エウロパ、です」
「ありがとう、エウロパ。今日、君に出会えて良かった」
ぐずり、少女が鼻をすする。
「僕は君の自由を一千五百万ダールで買いました。この後どうするかは、君が決めてください」
ハーミスの言葉に、エウロパは驚いて目を見開いた。
「私を奴隷にしないのですか?」
「だって、君は奴隷じゃない。それに、僕の国にはここで言うような"奴隷"なんて一人も居ないんだ。みんなが、自分のやりたい仕事をして、好きに生きるんだよ。君に与えられた自由とは、そういうものだ」
少女はじっと目前の男を見つめる。心の中で、彼の言葉を何度も繰り返す。
エウロパはもう一度涙を拭うと、表情を固く持ちなおした。
「私を連れて行ってください」
まだ僅かに震える声で、それでもはっきりと、エウロパが言う。
「……東大陸で働きたいのかな?」
「場所じゃないんです。私は、貴方の元で働きたいのです」
「僕のところで。何故?」
ゆっくりと、ハーミスは問うた。
「生家を追われた今、私にはもう財産はありません。縋るあてもありません。貴方に助けていただいた事に対して、充分にお礼をすることも叶いません。だから働いて、このご恩をお返しします」
少女は一度、呼吸を整える。震える手で、激しく打つ胸をおさえた。
「それに、もうここへ居ても、居場所は無いのです」
少女は懇願するようにハーミスを見つめた。
「ここに居れば、また捕まるかもしれない。どうか、私を連れて行ってください」
言葉を吐くにつれ、彼女の声は次第にまた震えを増していった。
ハーミスは一度黙って目を瞑り、暫く沈黙する。
様子を見守るエウロパ。不安を口に出しそうになった時、ハーミスが目を開いた。
彼の目はしっかりと少女を映す。そして、この上ない優しさを帯びていた。
「カリスト」
「はい」
後ろで控えていた従者が、いつもの得意げな顔で、ぴしりと背筋を伸ばす。
「今の彼女の話は聞いてた?」
「ばっちりよ」
「このお嬢さんが君の部下になりたいそうだけど、どうかな?」
ハーミスが言う。エウロパが驚いた顔で、何度も交互に二人を見やった。
「そうね。鍛え甲斐があって良いじゃない?」
カリストはにっこり笑って、ゆったりと両腕を組む。
「教養もあるだろうし、案外逸材かも。アタシは大賛成ね」
「僕もそう思っていたんだ。うん、そうしよう」
頷いて立ち上がったハーミスが、少女の方を振り返る。
「では、一緒に帰ろう。これから宜しくね、エウロパ」
「アッズィムまで遠いわよ。帰り道から修行は始まってるからね」
商会長と指揮官は、明るい表情で、目前の少女に手を差し伸べた。
彼らの与えた希望の光が、どれだけ救いであった事か。少女の頬に、一筋の涙が落ちた。
「……はい!」
エウロパはその手をしっかと掴み立ち上がる。
かくして1人の不幸な少女は光の当たる場所、日出づる東の地へと旅立つ。
彼女が公式商会長ハーミス・バラカート氏の有力補佐官として、旧帝都アッズィムに名を馳せることになるのは、これからまだまだ先の話である。