アーシャ=ハウディ建国紀伝(3)
天幕を出たハウディは、鋭い陽光に目を細めた。
名乗り出た盗賊――ネメシスという男と、彼と同じ班に配属されていた盗賊達は、少ない持ち物を各々にまとめて集まった。なるほど、まずはただの"お試し"の期間であるから、今日は手荷物が少なくて良かったなと声をかけると、自分達はそもそも物を多く持っていないのだと自嘲じみた笑みが返ってくる。
彼らが普段どんな暮らしぶりをしているか、ハウディには興味があった。
しかし今は、とにかくやめておこう。無駄口を叩ける場面ではない。
岩山の広場では一行のため粗末な壮行式が開かれる。
一方にザラームと"黒の盗賊団"、一方にハウディと、ネメシス班の面々。二者が向かい合う。
おもむろに、まずザラームが口を開く。
「俺の部下だ。扱いを間違えれば、分かっているな。商人さんよ」
「ハウディと呼べ。お前の部下なら私の部下だ。街の者に手出しはさせないと約束しよう」
「ふん。シーマファ商人は決して契約を違えないと聞く。信用、したからな」
「安心していい。私が約束を果たしたら、次はお前の番だ」
「ザラームと呼びな。良い報せを待ってるよ」
頭領たちは互いにふっと口角を上げ、拳の裏をぶつけ合った。
盗賊達は自分の親分が、珍しく余所者と親しく慣れ合っている場面を珍しがって、からかうような、照れ笑うような微妙な笑顔を見せた。馬やラクダを引いてきた男が入口の外から声をかける。口々に言葉を投げかけあい、いよいよ賑やかに出発となる。ここの連中は余程仲が良いんだなと、ハウディは思った。
他の者が三人一組で一頭のラクダを受け持つ中、ネメシスは黒毛の馬を引いた。
ラクダ騎兵は沙漠の名物。彼ら盗賊が普段乗り回しているのは、もっぱらラクダである。
「良い馬を持っているな」
ハウディはふと、ネメシスに声をかけた。
「そうでしょう。そうでなければ困りますよ」
どこか含ませた口調で、その赤毛の男は静かに笑う。
その良馬は彼個人の所有物らしかった。
一行はぞろぞろと門を抜けていく。背後から盗賊達が野次を飛ばして囃し立てた。
今日のテロイド沙漠は、そよ風の吹く、穏やかな気候であった。
集落を出て少し歩くと、岩陰から数名の馬が飛び出してくる。
先頭にいた男は一行を見るなり、満面の笑みで飛び降りて、ハウディに駆け寄った。
「ハウディ様! 遅いから心配したんだぜ」
「すまない、暫く話をしていた」
「契約の方は――上手くいったみたいだな」
男はちらりと盗賊たちを一瞥し、満足げに頷く。ハウディがそちらを振り返る。
「この男はトリマン。私の部下だ」
ハウディが男の方を示しながら、賊たちに言う。
「シーマファ市の古い商家の生まれでな。生家の商会に居たが、私が引き抜いた」
「ハウディの友達なんだ。仲良くしようぜ、よろしくな」
トリマンは気さくに笑って、近くに立っていた盗賊の手を握っては強引に振った。
「へえ。ハウディ様、一応友達が居たんですね」
「どういう意味だ」
からかい笑うネメシスに、ハウディは肩をすくめた。
トリマンはじめ三名の商人を加え、一行は依然としてゆったりと沙漠を往く。
商人たちはいずれもハウディの配下らしかった。今回、盗賊を雇うというので飛び跳ね驚いたが、ハウディが本当に連れて帰ってきたので、しきりにびくびくと様子を窺っている。彼らをよそに、トリマンの方はすっかり賊と打ち解けたつもりのようだった。
最後尾で陽気に歌い始めた盗賊達とトリマンが、ふとその声をひそめた。
背後の静かなのを気にして、先頭を行くハウディも歩みを止める。
「どうした」
ハウディが問う。トリマンが耳に手をかざし、しっ、と唇に指を当てる。
成程、後方から土煙があがり、かすかに人の声がする。
その場に立ち尽くして待っていると、「おーい」と叫ぶ声は、徐々に一行に近づいてきた。
ハウディのすぐ手前でネメシスが、ああ、と眉を寄せた。
「待って。俺達も連れてけよ!」
馬が一頭、少年ふたりと青年を乗せて、全速力で追いついてきた。
まず先に叫んだ少年が、ひらりと軽い身のこなしで馬から飛び降り、ネメシスに詰め寄る。
「おいネメシス、何で勝手に行っちゃうんだよ」
「お前に伝える理由は無いな。そっちこそ、何で勝手についてきた」
「俺はちゃんとザラームに言ってきたもん」
「ザラームが許可を出したのか?」
本当に?と、今しがた馬を御してきた青年のほうを、ネメシスが一瞥する。
青年は気怠そうに飛び降りて、馬をなだめると、「本当だよ」と素っ気なく返した。
「お頭、大笑いして、好きにしろってさ」
「お前もこいつらと一緒か、シノン」
「俺は違う。ヘイダルにせがまれて馬を走らせただけだ」
「甘やかして良い事はない。迷惑だ」
「甘やかしたんじゃない。こいつらに借りがあるだけだ」
シノンと呼ばれたその青年は肩をすくめて、ネメシスの視線を嫌がった。
彼がくすんだ薄青の髪を掻くと、砂埃が舞い落ちる。
「どうした、揉め事なのか」
様子を見ていたハウディが、ネメシスの横へやってくる。
見れば、シノンという青年、最初に駆けてきた少年の後ろに、三人目が縮こまって怯えている。
二人の少年を見て、まだ年端も行かない子供だと、ハウディは眉をひそめた。
「あー、ごめんね商人さん」
事態を早々に面倒がって、ぷいと顔を背けたネメシスの代わりに、傍に居た盗賊が口を開く。
「こいつら、うちのチビなんだけど。ネメシスに懐いててさ」
「な、懐いてないよ」
一番向こうで怯えていた少年が、おずおずと訂正した。
そうか、と浅く頷いて、ハウディは手前にいた少年を見る。
「ヘイダル、と言ったか」
「そうだよ。よく聞いてたな」
答える少年が腰に手を当てふんぞり返る。
ぼさぼさの硬い紫色の髪。よく焼けた褐色の肌。充分な衣服が与えられないのか、背丈に見合わず短いスカートから、膝がのぞいている。ぱっちりと開かれた猫のような瞳が、真っ直ぐにハウディを見ていた。齢は十五に満たないくらいかと、ハウディもまたじっと彼を見つめた。ヘイダルが口を開くと、鋭い八重歯が印象的に見てとれる。
「ハウディ、だっけ。俺達も連れていってくれよ」
「俺達、というと?」
「こいつも一緒に。きっと役に立つからさ」
言いながらヘイダルが、例の怯えていた少年を引っ張り出した。
ヘイダルと近い年齢だろうか、こちらは巻き癖のある茶髪で、やはり短いスカートを履いている。
「名前は?」
「リ、リドワーン……」
かぼそい声で、少年が答える。
大きな瞳は相変わらず怯えきって、彼はまた逃げるように、ヘイダルの背中にくっついた。
ハウディは少年達の顔を交互に見やると、長い溜め息をついた。
「すまないが、我々は遊びに行くわけではない」
「俺達だって遊びに行くつもりはないよ」
「お前達、天幕には居なかったな。事の経緯がどうあるか、聞いたのか?」
「事情はザラームに聞いた。あんた、兵が欲しいんだろ」
大人を相手にひとつも臆することなく、ヘイダルが答える。
「俺も戦えるよ」
少年はその腰に帯びた、一振りのシャムシールをぽんと叩いた。
なるほどな、と、ハウディが腕を組む。
そこへトリマンが近付いてきて、そっとハウディに耳打ちする。
「ハウディ様。この子達、前に話した例の子供ですよ」
「らしいな。名前を聞いてすぐ思い出した」
「貧民集落で、警備兵を手こずらせていた孤児――戦える、というのは事実だと思うぜ」
「ああ」
ハウディが浅く頷く。その目がついと、リドワーンの方を見やる。
「こいつは俺の友達だよ」
視線を遮るように、ヘイダルが手を伸ばして割り入る。
「一緒に連れていく。いいだろ?」
彼の肩からこっそりと、覗くようにして、リドワーンがハウディを見た。
ハウディは相変わらず難しい顔で、じっと沈黙する。
トリマンが不安げな様子でせわしなく、交互に二者を見やった。
「……いいだろう」
静かに、ハウディが口を開いた。
「どうせ最初は仮契約だ。いざという時は自分で身を守れよ」
商人の言葉に、少年達は顔を見合わせ、一気に明るい表情で手を取り合う。
ありがとう、あんた良い人だなと、ヘイダルがまたハウディの手を握っては大きく振った。
ザラームがこれを"試し"とするのは、それだけの理由がある。
つまり、これから彼らを率いて市議会に赴いた時、彼らの安全を必ずしも保障してやることは出来ないのだ。だからこそ、可能ならば腕の良い兵を揃えて、ともすれば自力で逃げ出せるようにしておきたかった。それがハウディの考えだった。
しかし、いざこういう少年を目の前にすると、どうしても見捨ててはおけない。
この子供は貧民街で生きていた。恐らく、生るために選んだ、最後に残された道が剣だったのだ――あの盗賊達と同様に。今、自分の選択で彼らを救うことが出来るのならば、何故それをむざむざ捨てることが出来ようか。
ハウディは目を伏せ、静かに長い息を吐く。
「ありがとう、ハウディ様」
無邪気に笑う彼らを見、これから己が果たさねばならぬ使命を重く感じた。
「本当に連れて行くんですか?」
新たな仲間を加え、一行が再び進みだした時、ネメシスが声をかけにきた。
ハウディは彼を一瞥すると、大きく頷く。
「ネメシス、お前にも一応慕ってくれる者が居たんじゃないか」
「はあ? 嫌味な言い方ですね。仕返しですか?」
「そうだ」
ハウディが返すと、ネメシスはふんと鼻を鳴らす。
「言っておきますが、恐らくは貧乏くじですよ」
棘のある声色でネメシスが吐き捨てる。
「先月、シーマファの花街で起きた騒動をご存知でしょう。貴方が"黒の盗賊団"に目を付けるきっかけの一つにもなったはずだ。あの一件、原因はあの二人の子供にあります。我々を巻き込んで、とうとう盗賊集団の抗争騒ぎにまでなった。所詮、人の事情を汲めない、くそ餓鬼なんです」
「花街の一件、というと……」
ハウディはぱちぱちと瞬く。
彼の話には確かに、強く覚えがあった。先月市内で起こった、一連の騒動。
シーマファ南部にある花街で、彼らの所属する"黒の盗賊団"と、近頃テロイド沙漠に現れて名をはせていた"青の盗賊団"が、街中で戦闘を始めたのだ。盗賊の同業者潰しは、彼らの世界ではままある事らしいが、花街の一件はわけが違った。街に潜伏していた戦闘員同士が派手にぶつかり合い、死傷者もいくらか出た。
結果として"青の盗賊団"は壊滅に追い込まれ、勝者の側は堂々市街の中で、彼らの亡骸を引きずり回し見せしめとした。――そんな、記憶も強烈なあの事件。
その後の議会の大混乱と、大量に押し寄せる苦情を思い出し、ハウディは苦い顔をする。
それでも、と、彼は一つ咳払いをした。
「過失があったにせよ、"黒の盗賊団"は彼らを追い出さなかった。それが事実だ」
ハウディが言う。ネメシスは一度驚いた様子で、彼の横顔を見た。
「彼らを置いておくことに何か得があるか、もしくは彼らを失うことが損になる、という事だろう?」
商人が見やると、ネメシスは肩をすくめた。
「呑気なものですね。高みの見物のおつもりですか?」
「そうではない。ヘイダルという少年、彼の名前は知っていた」
「へえ。犯罪者名簿にでも上がりましたか」
「いや違う。事前に調べていた、めぼしい盗賊の名簿だ」
楽しそうでいいですね、と、ネメシスは呆れる。
「なあなあ、ネメシス」
噂をすればそのヘイダルが、楽しそうな顔で駆けてくる。
「さっきから、なんでずっと変な敬語使ってんの」
「喧しい、あっちへ行ってろ」
「ハウディ様に媚びてるんだろ。全っっ然、似合ってないけどな」
少年の後頭部を、素早い手刀が射止めた。
いてえ、と叫ぶヘイダルを見て、思わずハウディも笑みをこぼす。
「やんちゃ盛りなんだな」
「だから言ったでしょう。糞餓鬼ですよ、と」
「お前に懐いてよかったじゃないか」
何言ってるんですか、と、ネメシスは素早く振り返る。
商人はこの日はじめて見せた、柔らかな微笑みをたたえて、こちらを見ていた。
「満更でもない、という顔だ」
どこか悪戯っぽい色を含んだ声で、ハウディが言う。
その言葉を否定するネメシスもまた、力の抜けた笑みを見せた。