アーシャ=ハウディ建国紀伝(2)
その日、ハウディはテロイド砂漠の盗賊集落へと向かった。
シーマファ市を抱えるこの砂漠には、こういった賊集団も多く存在する。彼が訪ねるのはそのうち最も有力な集団のうちの一つ、"黒の盗賊団"。市民にとっては生活を脅かす悪人と評される一方で、郊外に追いやられた貧民にとっては『救いの義賊』であった。彼らは富裕層の邸宅を襲い、そこで奪った略奪品や、それらを売って手にした金銭を、貧民街の者たちに分け与えることでその支持を得ている。
彼らのそういう、いわば独特の部分が、ハウディが彼らを選んだ理由の一つとなった。
彼らが施しを与えている事実は確かにあるのだろうが、果たして本心で貧民街を救おうと思っての行動なのか。盗賊達の一人一人や、またその頭領の思惑を、実際にこの目で確かめねばならない。そう、ハウディは考えた。
ともすれば、これから自分が命を預ける事になるやもしれぬ相手なのだ。
噂の集落は岩砂漠の只中にある。
その本拠に近づくにつれ、次第に周囲には山のような岩が目につくようになる。
資源の乏しい岩砂漠に住むなど、どんな住居を構えているのかと、不思議に思っていた。あるいは遊牧民のように、天幕でも張るのか。もしくは都市部をまねて、日干しのレンガで家をこしらえるのだろうか。
疑問に思いつつ、とうとうそれを目にした時、ハウディは思わず息を呑んだ。
岩山のもつ天然の窪みや、故意に切り抜いた穴。それがかれらの住居らしかった。
この土地に元々こういう文化があったのか、それとも盗賊達が考え抜いて辿り着いた形であったのか――ハウディの目は好奇心に輝いた。そしてまた、あの城壁の街から出ていくことを選ばなければ、私はおそらく死ぬまでこれを知る事はなかったのだと、己の無知を恥じた。
近辺の盗賊同士の抗争でついに廃墟となったのか、今はもう使われていないらしい"穴"が続く。
ハウディはそれらを横目に見ながら、より奥深くへと歩みを進めた。
ひときわ巨大な岩山の前に来ると、門番らしき盗賊が一人、地べたに腰を下ろしてこちらを見ていた。
卑しさに満ちた、感じの悪い笑みを浮かべて、その男が口を開く。
「お前、ここが何処だか、知っているのか」
「知っている。だからこそ、ここへ来たんだ」
ハウディが素っ気なく返すと、門番はそれを鼻で笑った。
続いて門番は、ハウディの風貌を眺めまわす。
頭頂から足先、指や耳につけた装飾品に至るまで。身の隅々を、品定めするようにひとしきり凝視し終えると、自分の足元に置いていた皮袋を取り上げ、その口を広げてハウディのほうへ差し出した。
「お前、知ってるぞ。シーマファの商人だな。この砂漠を何度も通ってた」
男の言葉に、ハウディの肩がぴくりと反応する。
「街の貧民のために稼ぎをばらまく、頭のおかしい富豪と聞いた。そんな偽善をしたところで、貧乏人からは何も返ってきやしねぇよ。まさか、俺達にまで同情して、施しでもしに来たってのか?」
言うなり、門番は汚く笑い声をあげた。
「それも大きく間違いではないな」
ハウディは彼と目を合わせないまま、素っ気なく返した。
無言のまま懐から巾着を取り出し、銀貨を3枚抜いて、渡された皮袋へ入れる。
袋を投げて返された門番は、それを手に取ってじっくりと見、顔を上げて笑った。
「通行料を知ってたか。お偉いさんは情報網もさすがだな」
門番が腰に携えていた剣を放り投げ、門戸を開ける。
ハウディは何も言わず、その集落の中へと足を踏み入れた。
集落は広くはないが、狭くもない。
先ほど外から見ていた巨大な岩肌。その内側はおそらく人工的に削られたのか大きく開かれて、ぽっかりと青空を切り取っていた。さながら古代ルーム朝の円形劇場。あるいはシーマファ旧市街を囲む円い古城壁にも似る。そしてその岩壁にはやはり穴がくりぬかれて、そこに至る粗末な通路や梯子がこしらえてある。
穴の中は真っ黒で、住居を覗き見ることは叶わない。扉という扉もなく、板や布を入り口にかけておくだけの、無防備な造りだ。ハウディはつい、辺りを見回してはそれらを観察した。
ようやく視線を戻すと、円の中心にぽつりと黒い天幕が映る。青い空と白い岩壁、それらと対をなす純黒のそれが、待ち受けるかのように静かに佇んでいた。
ハウディの来訪は、偵察役の報告によって事前に把握されていたらしかった。
到着を待ち構えていた盗賊たちが、穴や岩陰や天幕の隙間から、彼の姿を覗き見る。居心地の悪い視線を受けて、ハウディはやや眉を寄せた。天幕の入口に立っていた二人の男が、ハウディを手招く。
「入れ。お頭が待ってる」
ハウディは頷きもせず、黙って布の間をすり抜けた。
鋭い陽光をも遮る、その分厚い天幕の中央部には、頼りない小さな燭台が一つ。
ぐるりと張り巡らされた布の壁に沿って、ずらりと並んだ男たちの顔が、炎の揺らめきに合わせてちらちらと見え隠れする。盗賊たちは皆一様に黒いターバンを巻き、黒い服を身に着けていた。
ハウディが一歩踏み出すと、入り口にいた二人組がそれを追って中に入る。
彼らが後ろ手に入り口を塞ぐと、天幕の暗闇にはたった三本の蝋燭が灯るばかりとなった。
正面、上座にあたる位置に、悠々と腰をおく男が一人。
誰がどう見ても、連中の言う"お頭"とはこの人物のことだろう。ハウディは彼の顔を見極めようと、じっと暗闇に目を凝らした。敷いてある絨毯もそれなりの上物のようなのに、その上にわざわざ豪奢な椅子を置いて、男がゆったりと寛いでいる。"頭領"はひときわ大きな黒のターバンを巻いて、水タバコをくゆらしていた。
男がパイプから口を放して息を吐くと、仄かにバラが香った。
「ハウディ・アル・カリムだな」
男が口を開く。ハウディは男の目をじっと見つめ、そうだ、と返した。
「アルマク・ザラームか」
続いてハウディが尋ねる。男は徐に頷いた。
「アルマク、ってのはお前らが勝手につけたあだ名だ。失礼だと思わんか、人を穴熊なんて」
ザラームが周囲に「なあ?」と振ると、周りにいた盗賊たちが愉快そうに笑う。
声の只中にいるハウディはしかし、依然として表情を持たなかった。
「こんな岩場に穴を掘って惨めな生活をしているから」
ハウディが口を開く。ザラームの食指がぴくりと動いた。
「人里を避けて逃げ隠れするから、"穴熊のザラーム"なんて呼ばれるんだ。似合いのあだ名だろう」
淡々と、ハウディが言い放った。
「都市部で贅沢に暮らしてるお前には、惨めに見えるだろうな」
ザラームは片眉尻を吊り上げ、ハウディを睨んだ。
「逆だな。こうして人目を忍んで生きているお前だから、私の暮らしが贅沢に見えるのだ」
周囲の視線は次第に鋭くなるが、それにも構わない。
「闇夜に身を紛らわせながら、惨めにネズミやヘビを捕って食べる貧民たち。私の知る以上、この"黒の盗賊団"はシーマファ圏内で最初に力をつけた集団だ。何故武力での行為に走った。首謀者は設立時からずっとお前なのか。突然略奪を始めた理由は何だ。共食い寸前にまで追い詰められたか?」
商人は冷えた声色で言った。
場が沈黙し、二者はその間微動だにせず睨み合っていた。
頭領ザラームの取り巻きの盗賊たちが、そわそわと手足を揺らし始める。
ハウディはそれを横目に見やる。腰には全員が剣を帯びていた。
「――やめよう。私は喧嘩を売りにきた訳ではない」
ハウディが口を開くと、ザラームは大きく息を吐き、脚を組み直した。
「では依頼か? お前のような金持ちが時々ここへやって来る」
彼の視線は嫌悪の色に満ちていた。
「先に言っておくが、俺達は街の権力者の味方はしない。依頼といやあ暗殺だの、同業者潰しだの。都市部で起こる抗争なんぞに手を貸すつもりは無いな。身勝手な勘違いで金に物を言わせ、便利に使われるのは迷惑だ。貴様らの正義なんざ、俺達にとってはくだらんものだ」
「依頼ではない。契約だ」
「契約?」
すかさず言い返されたことに苛立ちつつ、ザラームが聞き返す。
「私は市長より、周辺都市との同盟締結を命じられた」
ハウディが言う。天幕は僅かにざわついた。
同盟ってなんだ?と、どこからか声がし、鈍い音に続いて「いてっ」と悲鳴があがった。
「目的は西方諸国の侵攻に備えた、軍事と経済の全面結束。シーマファ市の公的な武力集団はいまだ弱小で、北方都市のような常備軍も持たない。これから結ぶ同盟内で、シーマファが主導権を握るためには、他都市よりも優れた兵士を集める必要がある。どの街も、共倒れなんてごめんだ」
ハウディは懐から木炭を取り出しては、傍に転がっていた麻袋を掴み、断りもせず簡易な地図を描きはじめた。
シーマファ市を中心に、周辺の集落や都市を置いた図。これから同盟を持ちかける相手都市の名前を、次々に挙げていく。また、それらの持つ軍事集団についても触れ、「シーマファ市がどれだけ心許ない立場か、分かってもらえるか」と問いかける。
成程、彼の話通り、シーマファが主導権を握るのは難しいと、盗賊達は思わず頷いた。
「とにかく今は人員が足りない。我々は即戦力が欲しいのだ」
商人は、さっと周囲を見回し、その場の全員に声を向けた。
「ここまで説明すれば充分か。つまり私は、お前達を我が市の兵団の母体として迎えたいと考えている」
この言葉に、暫し、天幕の中はしんと静まり返る。
やがてざわめきが生まれ、それが大きくなり、最後にはざわめきが笑い声に変わった。
「お前、変わり者だとは聞いていたが、本当に気が違えてるんじゃないのか」
ザラームは腹を抱えた。
「馬鹿げているにも程がある。俺たちは盗賊だぞ」
「それは重々に承知の上」
「公的な権力ともあろうものが賊を欲しがって、恥ずかしくないのか」
「そちらの腕を評価しての事だ」
言うなり、ハウディは手をあげて、周囲の喧騒をゆっくりと鎮めた。
「"黒の盗賊団"は、アルバ市の管轄にある小都市を攻略したそうだな」
真っ直ぐにザラームの目を見、ハウディが言う。
「……先々月の話だな。噂が届いているとは光栄だ」
「噂なんてものじゃない、都市部ではひどい騒ぎが起きた。アルバという街が何を生業にしていたか知っているか。沙漠中継の要衝をシーマファに奪われて以後、あそこは傭兵の街だった、それも有数の。この沙漠に連なる諸都市すべての貿易商に、安泰に商うにはアルバの兵を雇うしかない、と言わしめるまでに」
ほう、と周囲の賊が溜め息を吐く。
「それが何だ、ぽっと出の夜盗集団がアルバの兵団を打ち負かしただと。たったこれだけの人数で?」
「俺達が急にとんでもない脅威になり代わった……ってわけか」
苦い顔で、ザラームが口を挟む。ハウディは浅く頷いた。
「――あの時、アルバ側はカウィ族の兵士を送った。有史以来、この砂漠でカウィの軍を打ち負かしたのはお前たちだけだ。同程度の人数で比較すれば、一般的な警備兵よりもよっぽど精鋭といえる」
腕組みをしたハウディが、盗賊たちの顔を見回す。
褒められているのが分かったのか、彼らは満更でもない顔で、視線を遊ばせた。
「正直に話そう。今回の件、同盟とは名ばかりで、事実上は他都市の買収になる」
ハウディがさらに話を継ぐ。
「無論、諸都市にとっては損得どちらもとれる話だ。大部分の街とは、ひたすら交渉を重ねていく事になるだろう。現状シーマファの顔を窺う立場にしかない小都市群はその程度でどうにでもなる。所詮は弱小集落から掻き集めた形ばかりの警備兵団、シーマファ市が本気で数を揃えれば、正当に兵をぶつけて向こうが勝つ見込みなど無いからな。戦という行為が、兵と兵をぶつけてより多くを討ち取るが勝ち、というものである限りは」
随分な自信だな、とザラームが嘲笑する。
「となれば問題はアルバ市。かの傭兵市場に優る戦力をシーマファが用意できるかといえば、正直心許ない。もとより北方贔屓のアルバが反発した時、彼らの抱えるカウィ兵団の脅威は計り知れない」
だから、お前たちの力が必要なのだ。ハウディははっきりとそう言った。
彼の背後で、入口を見張る二人の盗賊が、互いに顔を見合わせては肩をすくめる。
「まあ、あの傲慢のアルバが成金連中に膝を折るとは、俺も思わないな」
ザラームは楽しげに言い、くつくつと笑った。
「それで、お前に協力すれば俺たちには何の利益がある?」
頭領は今度は重い声色で、まっすぐに問うた。
「生活を保障する」
彼の視線をしかと受け止めつつ、ハウディも声を整えた。
「保障だと。俺達が自力で生きていけないとでも?」
「その通りだ」
即答されたザラームが、嫌悪を隠さぬ鋭さでハウディを睨みつける。
「現にお前たちのどこを見て、自力で生きていると言える?」
「俺達がどこぞの都市民に一度でも頼ったりしたか?」
「よく言えたものだな。その都市民から略奪する事でしか生き延びられないお前たちが」
商人は淡々と、静かに返した。
ザラームが押し黙る。その眼は依然として、射抜くように相手を捉えていた。
天幕にひりひりと緊張が走る。
暫し、無言の睨み合いが周囲の動きを止めた。
この剣幕に耐えかねた賊のひとりが、煽ってやろうと口を開いたところで、ザラームが長い息を吐く。
誰に聞かせる気もない小さな声で、彼は「そうだな」と呟いた。
「お前の事情を明かしてもらったんだ、今度は俺が話そう」
頭領は椅子に深く深くもたれかかって、水タバコの煙を細長く吐きだす。
「俺達のおおよそ半数はな、元は都市部に住んでいた人間だ」
ザラームがゆっくりと言葉を吐く。
気だるげなその表情の中に、どこか哀愁のような、自嘲にも似た含みを、ハウディは感じた。
「お前がさっき言ったように、略奪を始めたのもそんなに昔の話ではない。単純に、生活に困ったからだ。残りの奴らは大抵、貧民集落から来た。むざむざ盗賊の道を選んだ理由はやはり、生活苦の一言に尽きる。もはや、これ以外で生きていく術を失くした人間の集まりだ。惨めと言われりゃ、それに違いねぇよ」
重々しい口調で、ザラームが言う。
それを聞く盗賊たちは俯いて、各々が憂いの表情を浮かべた。
天幕は再び、長い沈黙の時間を過ごした。
「嘘ではない、っつー証拠はあるのか」
ふと、ザラームが口を開く。
「嘘とは?」
「お前の言う契約とかいうやつだよ」
頭領は今一度、商人の顔を睨みあげた。
「お前の名前は知っているが、所詮はシーマファの市長の飼い犬だろう。俺達を騙して、権力の豚どもに身柄を売り渡すつもりじゃないだろうな。さっきの話、事情を知る者ならいくらでも出まかせられる。果たしてどこまで真実なのかね。あんた、嘘でも真顔でぽんぽん喋る質に思える。証拠を見せてみろ」
場の全員の視線がハウディに集まる。
彼らのまなざしを受けて、その商人は腕組みを解いた。
「先に訂正しておこう。私は、自分も含め、誰かの見栄の為に金を稼いでいるつもりはない」
ハウディははっきりとそう告げた。
「外の人間が見れば、我々のようなのは権力者の手駒にも思えるのだろうな。実際、名士や有力商人のうち、ひたすら市長に媚びてその地位を得た者も少なからず居る。だがそうでない者も勿論いる。私は後者の人間だ」
「お前は市長とやらの肩を持つつもりはないと。理由は?」
「端的に言えば、やり方や考え方そのものが相容れないからだ」
「現実味が無いな。お前の言葉で、具体的に話せ」
ザラームが肩をすくめ、ゆっくりと首を左右に振った。
「……すまないが、今からする話は内密に願いたい」
諦めたように目を閉じた後、ハウディは一度、長い息を吐いた。
「私は市長の命で、街の貧民層の支援をしていてな。お前達と比較すれば怒るのだろうが、市内においても、住居や食事の足りない者は多く居る。それらの支援をせよというのが、あの人からの指示だ」
ハウディは両腕をだらりと下げる。
「だが、市から出る資金ではとても賄えない、彼らを救ってやるには全然足りない。議会で何度そこを訴えても、適度で良いと跳ね除けられる。どうせ全てを救うことは出来ないのだから、ある程度のみを与えて、あとは放っておく。やがて飢えた市民は無論、再び市議会を頼るだろう。そこにもう一度少量の餌を与える。すると、忽ち議会は救世主となれる。体よく飼いならされた貧民層は、まんまと市議会の罠にはまるというわけだ」
感情を押し殺した声で、淡々と説明を加えるハウディ。
彼の言葉を聞くザラームの眉間に、深いしわが刻まれた。
「俺も知っているさ。そこに嫌気がさして飛び出したんだ」
「おれも聞いた事がある。ただの噂や悪口かと思ったけど、事実だったなんて」
「腐ってやがる。こういう盗賊を生んだのは官僚連中の方じゃねーか……」
頭領の言葉に便乗して、盗賊たちも次々に愚痴を吐いた。
「けど、お前も結局はそういう人間の下についてるんだろ。同類なんじゃないの?」
「ふざけるな。一緒にしないでいただきたい」
野次を飛ばした盗賊は、ハウディの鋭い視線を受け、驚いて顔をひっこめた。
「許せないに決まっているだろう。だから私は個人的な事業として、自分の稼ぎで援助を行っている。シーマファ商会の名を借りずに。政治的な行動ではなく、あくまで一介の商人の身勝手なものに留めるため。現議会の行いによって、政治に失望している市民が多くいるからだ」
政治家の悪名は、一度根付いたら落ちないからな、とハウディは吐き捨てた。
「それに対して、官僚連中がどう動いたか分かるか。私個人に支持が集まるのを危惧して、私の事を"変人"だと吹聴してまわったのだ。お前達も、先ほど言ったな、頭の可笑しい商人だと。今更それを言われたところで、お前達に対しては何の憤りも感じない。だが、連中の顔を思い出すと腹が立つ」
「ははは、お前でも腹が立つ事があるのか」
「ある。感情が顔に出ないと言われるが、腹の底は人一倍煮えくりかえっている」
からかいを入れた盗賊は、ハウディを睨まれると、今あんたが怒ってるのは分かるよ、と苦笑した。
ひとしきり喋り終え、ハウディは一度言葉を止め、息を吐いた。
「……そう、感情が伝わりづらいらしいのだ、私は」
はあ? と、ザラームが眉を寄せる。
「ここまでの話、私は心根から真剣に腹を割って話したつもりだが、諸君にはいまいち伝わっていなかったらしいな。此方の落ち度だと言われればそれまでだが、どうしようもない。この仏頂面が、ますます渋くなる程の市議会への嫌悪感こそが、私の証明だ。申し訳ないが市議会からの親書も何も持たされていないのでな」
「信じろってか?」
「そう言うほか無いな」
「あんたの行動の基準は正義感や使命感でなくて、自分の憤りだと?」
「そうだ。悪いか。だがそこだけは胸を張れる。まだ信じられないと言うならば、いくらでも愚痴を聞かせてみせよう。辺境の賊集団でも頷かせられると確信があるぞ、シーマファでもっとも市議会を嫌っているのはこの私だと自負しているからな」
シーマファの商人は実につっけんどんに、刺々しく言葉を吐いた。
ハウディのその不機嫌な目元を見て、ザラームは口角を吊り上げる。
「いや、いい。お前の顔を見れば愚痴が溜まってるのは分かるさ」
「そんなにひどい顔をしているか」
「それなりにな。で、つまりお前は市議会嫌いのはねっかえり、って事でいいんだな?」
ザラームが問う。ハウディはますます眉間のしわを深くする。
「……そうだ。そのくせ市議会からの命で動いている、随分と従順なはねっかえりだがな」
その言葉に、とうとうザラームが吹きだして大きな笑い声をあげた。
「なんと、まあ。お高く留まった大商人様は、実は主人のことが大嫌いだったのか」
「断言は避けるが、否定もしない」
ハウディは依然として苦い表情で返した。
「若いな。だが反感を持ったところで、何もせず終わるのが政治家の性だろ」
「半端に終わってたまるものか。それと、私は政治家ではない」
「あれ? じゃあなんで、市長がお前にあれこれと頼みごとをするんだ?」
ザラームの問いに、ハウディは握り拳をわなわなと震わせる。
「それは……あの男が……」
「あの男が?」
勢いよく、商人は顔を上げた。
「ジャリール市長は私の後見人だ」
実に、心底嫌そうな顔で、ハウディはやっと言葉を紡いだ。
「驚いた! とんでもねえ反抗期だな、ハウディ・アル・カリム!」
頭領はこの上なく晴れた顔で手を叩き、椅子から腰を上げ、ハウディに歩み寄った。
向き合ってみると、二人の間には頭半個ほどの身長差が生じた。
「気に入った。お前のことを信用してやろう」
「……証拠という証拠は出せなかったが。良いのか」
「構わんさ。俺はバカ正直な奴が好きなんだ。市議会連中の話になると、途端にべらべら捲し立てやがる。こんだけ素直なガキにゃあ、難しい嘘はつけんだろうしな」
「悪かったな……」
ザラームは商人の肩に手を乗せる。
と、その手が素早く手前に動き、ハウディの顎を持ち上げる。二人の視線が強引にぶつかる。
「だがお前の街の市長のことは信用していない。全員を寄越すのはまだ先だ」
「生け贄を差し出すということか」
「嫌な言い方するなよ。おっ、お前さん意外と可愛い顔してるな」
「そちらこそ、嫌な冗談はやめていただきたい」
盗賊の手を振り払いながら、ハウディが顔をしかめた。
「お前の潔白を確かめるためにもだ」
怪訝な表情のハウディにおかまいなく、ザラームは上機嫌だ。
「俺がいくら気に入ったって、盗賊の一人一人がお前に従うかどうかは別問題だからな」
「なるほど。それで、潔白とやらはどう証明すればいい?」
ハウディはふたたび、ゆったりと腕を組む。
「そうだな。今日のところはまず、十人だけ連れていけ」
「今日? そんなに急で大丈夫なのか」
「お試しだよ。どうせ、市議会に顔見せなり何なりするんだろう? そいつらが無傷でこちらへ帰ってくれば、その時は今度こそ、ここに居る全員がお前のために剣を振るうと約束してやる」
「分かった」
商人はいつもの調子で、淡々と頷いた。
ザラームが小さく頷き返す。
頭領は端から端まで視線を滑らせ、盗賊たちの顔を眺めた。
「聞いてたか、お前ら。行きたい奴は名乗り出ろ」
声を張り上げ、ぱんぱんと派手に手を叩く。
これまで比較的大人しく控えていた盗賊達は、一斉に騒ぎ出した。
賑やかな相談が始まり、口々にああでもない、こうでもないと言い合う。仲間を差し出そうとするもの、逃げる仲間をからかう者、誰かが先に名乗るのを密かに待つ者。嵐の最中のように騒がしいその空間に、ハウディは若干たじろいだ。ザラームもやれやれ、と肩をすくめる。
時間の経過につれて喧騒はどんどん大きくなり、天幕の外にいた盗賊も集まり始める。
いよいよクジでも引くかと話しかけた時、一人の男が大きく息を吸い込んだ。
「私が行きましょう」
よく通る低い声で、はっきりと男が喋る。
彼に視線が集中し、場はにわかに静まった。ザラームの顔から笑みが消る。
「……お前か、ネメシス」
「私の部隊はちょうど十人。あの面子が抜けても構わないでしょう」
どうせこのままじゃ決まりませんし、と、男はいたずらな笑みを見せる。
男、ネメシスが、目元までを覆っていたターバンをほどいた。
この暗い天幕でもはっきりと色が分かるほど、鮮やかな赤色の髪。無造作に伸ばしたそれは、腰あたりまであるだろうか、ゆったりと一つに結ってある。思わず見惚れるような美しさだった。男は一度ぐしゃりと掻き上げて、長い前髪で片目を隠した。
狐の類に似たような吊り目と、悪戯っぽい笑み。左目の下に泣き黒子がひとつ見てとれた。
ハウディはその長い豊かな赤髪を見て、目を見開く。
「――あのネメシスという男、カウィの血か?」
「そうだ。訳有りでな」
振り返らないまま、ザラームが答えた。
「そう、見ての通り、どうせ私は余所者ですからね」
ネメシスが口角をあげる。卑しい作り笑いだなと、ハウディは思った。
「こういう機会には適役だと思いますよ」
「馬鹿言え。お前は司令塔だろうが」
「いやあ、向いてないと思ってたんですよね、その役割」
ネメシスが目を細める。左目下の泣きほくろが、わずかに持ちあがる。
「……そうかい。好きにしろ」
頭領は苦々しい顔で吐き捨てた。
ありがとうございます、と、満足げな声が返ってくる。
「じゃ、異論はありませんね。隊の者は今すぐ前に出ろ」
ネメシスの言葉に、数人の男が、複雑な面持ちで歩み出て来る。
「彼、良いのか?」
ザラームの不服げな表情を見て、ハウディがそっと話しかける。
「どうせ誰かが行くんだからな。全員同じ仲間だ、誰が行ったって構わんさ」
男はしかし、眉間にしわを寄せたまま返した。
視線を感じたハウディが、ふと振り返る。
互いの目が合うと、ネメシスはにっこりと笑いかけ、すぐにそっぽを向いた。